Nanami's history
広告代理店勤務を経て、美容会社の役員秘書となる。
秘書の仕事を通じて、人と接する事の楽しさに目覚め、マナーの基礎を学ぶ。
勤務を続けながら、リフレクソロジー&アロマのスクールに通い、
トリートメントの手技を習得。
経絡五行説に興味を覚え、中目黒の整体サロンスタッフとして経験を積む。
2010年11月中目黒にて、最高級と言われるヤングリヴィング社の精油を使用する
アロマトリートメントサロン『maison de m's (メゾンドエムズ)』スタッフとして勤務。
- ●NARD JAPAN ナード・アロマテラピー協会 アロマ・アドバイザー取得
- ●日本リフレクソロジー協会 プロフェッショナルライセンス取得
- ●LOHAS伝導士・ナチュラルライフセラピストライセンス取得
私は、若い頃、病気で入院しました。
当時は、大変でしたが、この時が私にとって大切な学びの期間だったのだと思います。
解熱剤で気を失いかけたり、定期的に打つ強い注射は、体力を奪い、
一日中ベットから、起き上がる事ができませんでした。
副作用で顔が腫れ上がり、小さなニキビが顔中にできました。
人が近くを通ると、空気が動きますが、それだけでも痛い。
笑うことも、着替えることもできませんでした。
そんな時、みんなが助けてくれた。
同じ病室だった、5人。
毎日、代わる代わる誰かがそばに来ては話をしてくれ、
りんごの皮をむいて、小さく切って、食べさせてくれた。
皮膚が引っ張られて、痛くて口をあけられませんでした。
なぜか、似顔絵を描いてくれたりもしました。
今、考えてみると、意味がわからないけど
多分、当時の私は、動けないので、ふてくされていたんだと思います。
動けないのに、口だけは達者で、生意気だったので
ついたあだ名が 『ファンキーなお地蔵さん』
みんな、本当に可愛いがってくれました。
シャンプーさえ、自分ではできず、みんなが手分けして洗ってくれた。
そのとき初めて、
「人の手って暖かい」
「人の手って凄い」
そう思いました。
みんなの優しさが手を通して、伝わってきたのです。
やさしく頭を撫でられながら、
「今は、何もできないけれど、いつかみんなに恩返しがしたい」
そう心の中でつぶやいていました。
そして、退院後、模索を始めました。
「私にいったい何ができるんだろう?」
忘れもしないある日の新聞広告。
それは、リフレクソロジー生募集の記事でした。
「人の手だ!指だ!コレだ!」
すぐにスクールへ行き、その後は、勉強のためサロン訪問を繰り返す日々。
今でも、その当時のサロンチェック表が、私の手元にあります。
サロンA
タオルワークが素晴らしい
しかし、手技には、暖かさが感じられない・・・ など
週に2~3回通ったこともありました。
しかし、私の理想とするサロンは、ありませんでした。
「自分が作るしかない・・・」
いつかは自分で、と漠然とした思いはありましたが、
実行する勇気も知識も当時ありませんでした。
ある時、私をかわいがってくれていたカリスマエステオーナーから
「そんなに好きならこの仕事うちでやってみない?」
とお声をかけていただいた事もありました。
でも、お誘いは断りました。
うまく言えませんでしたが、何か違う、と感じていたからです。
当時は、アロマサロンの地位がまだ確立されていませんでした。
一流ホテルでさえ、指圧またはエステサロンが主体だったのです。
やがて、アロマサロンが増えてきて、やっとアロマオイルとの出逢いに結びつきます。
「 これだ!」
ボロボロに疲れていたた私を助けてくれたのは、オレンジの精油でした。
その時、霧が突然晴れたように、
今まで見えそうで見えなかった自分の道がはっきりと見えたのです。
エステとも、整体とも、指圧とも違う。
やさしい手のぬくもりと香り
「これをみんなに届けたいんだ。」
「私のこの手で」
「みんなに恩返しができるかもしれない」
そう思いました。
平日は、勤務後に今度はサロンめぐりとともに
夜と土日を使ってのアロマスクール&施術スクール選びに奔走しました。
ものすごく調べました。いろいろスクール見学も重ねました。
しかし、今一ピン!とくるところにであえません。
講師が幸せそうじゃなかったり(これ重要です)♪
全体を覆っているオーラが澱んでいたり。
自分の心が動かない。
時間だけが経過していく。
ある時、この方なら、というアロマサロンのオーナーに出会いました。
「この人に学びたい」
と思いながら、口に出して言えない自分がいました。
彼女に直接教えてもらう事なんて絶対に無理と思っていたからです。
ずらっと並ぶディプロマの数々に圧倒されながらも、
私の現状を素直にお話しました。
すると、思いもしなかった事を言われたのです。
「坂井さんのような志の高い方にこそアロマサロンを開いてほしいんです。」
「それが私たちセラピストの願いなんですよ」
女神のような微笑を浮かべながら、おっしゃったのです。
そして
「私でよければとお教えしましょう。」
「教えるなんて事は、考えたこともありませんでしたが、坂井さんなら」
贅沢にディプロマ6~8個取得の達人のトリートメント手技を
マンツーマンで、基礎から学ぶという幸運に恵まれました。
私の直感は、間違っていませんでした。
こうしてエレガントでありつつも厳しい授業が始まりました。
今も、更なる向上を求め、月に一度は、教えを請いに通っております。
サロン行脚をしていた頃に感じた事ですが、
技術に大きな差があるのではなくて、その考え方や接し方が大きな差になって現れる。
トリートメントは、施術する人のセンスや考え方、お客さまへの思いが表れます。
手当て、という言葉があるように、
手で直接お客さまのお肌に触れるお仕事ですから
すべて手のひらから伝わります。
私自身、病気をしてツライ思いをしましたので、トリートメントだけではなく
生活全体の質を向上させることができるようなお手伝いができたら、
と、願ってます。
サロンを訪れてくださる方が、私の小さな引き出しではありますが、
引っ張り出して、情報を持って帰ってくだされば、
そして日々の生活に少しでもお役にたてればこんなに嬉しいことはありません。
私の入院中、一番面倒を見てくれたAちゃん。
優秀な女子大を首席で卒業した頑張り屋さんの彼女。
今、きっと天国で、見守ってくれていると思います。
完璧主義者だった彼女は、退院とともに、自らの命を絶ってしまいました。
「私、みんなに恩しができてるよー」
「だから、天国から、がんばってるネって褒めてほしいよ」
わたしがもらった幸せな経験を
今度は、私があなたに届けたい。
そう思い、サロンスタッフとして勤務しております。